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― 西洋古典原論 ―


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Author:兎狐
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    完了幹形成法 I. s- 完了幹
    更新 ——(2013/12/11) 3. Labials : p, b

    Preface


    『新ラテン文法』でラテン語を学び始めてしばらく経た頃、私はラテン語動詞の時制幹形成について体系的に記述している文献を探していました。ところが何処にも見出すことが出来なかった。これが私のラテン語学への入門となりました。それでは自分で作ってしまおうと、まずは Oxford Latin Dictionary から全動詞を抜き出すことから始め、それらを整理し体系化するため、世界中のさまざまな研究成果に耳を傾けるようになりました。そうして理想とするラテン語動詞の俯瞰図の完成を目指しましたが、それが途方もない企てであることはすぐに悟りました。雪の降る頃、毛布にくるまり指先の出る手袋をして辞書を繰ったのは良い思い出です。そうしてここに一つ実が結ばれることとなり嬉しく思っています。私のこの秘かなレジスタンスの成果がラテン語習得に勤しむ人々の拠り所として多少なりとも活用されるならば喜びは一入です。

    語学は面白くあるべきだというのが私の信条です。私の思う語学の面白さとは、言語学との出会いによってもたらされる知の喜びとでも言えるでしょうか。それは、深いところまで追求することによって興味がどんどん拡がってゆく感覚です。ラテン語動詞の完了幹は実に多彩であり、これを苦々しく思う人もいれば、それに胸躍らせる人もいるでしょう。私は後者の口です。ラテン語の活用体系は実に多彩で面白い。しかし、当初の意図としては、手っ取り早く習得したいと言うのが本当の所でした。そのために随分遠回りしたものですが、、。それはともかく、本文ではこの信条に従って言語学の用語を多く用いますが、それぞれ出来る限り噛み砕いたつもりです。参考文献も随所に貼ってありますので、そこで奥深いラテン語学の一端を垣間見ていただき、面白く思って頂けることを願います。すでに言語学に嗜みのある方には、ご鞭撻をいただきながら、ラテン語学開拓の一翼を一緒に担って頂ければと思う次第です。




    Contents

    Abbreviations and Symbols


    Introduction


    I. s- 完了幹

    1. Velars : c, g (Labio- : qu, gu)

    1.1. x-
    1.2. nx- (N-動詞)
    1.3. rs-, ls- (語根末子音の脱落)

    2. Alveolar Stops : t, d

    2.1. σ˘ss- 型
    2.2. σˉs- 型

    2.2.1. 開音節 (CVˉ)
    2.2.2. 閉音節 ([C]VC : ARDEO, SENTIO)
    2.2.3. MITTO, DĪVIDO, GAUDEO
    2.2.4. x- (CT-動詞)

    3. Labials : p, b

    3.1. √p-
    3.2. √b-

    4. Nasals : m, n

    4.1. mps-
    4.2. ns-

    5. Voiceless alveolar fricative : s (r-)

    5.1. ss- (s- 由来の r- 動詞)
    5.2. ss- (PREMO, IUBEO)

    6. PIE Tectals : *gh, *ǵh; *gw

    6.1. x- (*gh, *ǵh 由来の h- 動詞)
    6.2. x- (*gw 由来の v- 動詞)

    7. analogical Velar : g

    7.1. x- (FLUO, STRUO)
    7.2. x- (VĪVO)




    Abbreviations and Symbols

    Abbrevs.

    act. = active (能動態)
    adj. = adjective (形容詞)
    cf. = confer
    e.g. = exempli gratia
    Eng. = English
    fut. pf. = future perfect (未来完了)
    Grk. = Greek
    i.e. = id est
    ind. = indicative (直説法)
    inf. = infinitive (不定詞)
    Lat. = Latin
    N.B. = nota bene
    OLD = Oxford Latin Dictionary
    pass. = passive (受動態)
    pf. = perfect (完了)
    PIE = Proto Indo-European (インドヨーロッパ祖語)
    PIt. = Proto Italic (イタリック祖語)
    ppp. = past passive participle (過去受動分詞)
    præt. = praeter (except for)
    pres. = present (現在)
    v. = vide
    subj. = subjunctive (接続法)
    s.v. = sub verbo
    syn. = synonym


    Symbols

    √ = 語根
    ? = 不明
    * = 理論形 & 再建形 (reconstructed form)
    // = 対立記号 = vs. (versus)
    C = consonant (子音)
    V = vowel (母音)



    >> Contents







    1. 完了幹形成法の概要
    ラテン語動詞の完了幹形成法は、語根型と接尾辞型の2つに大別することができる。語根型には畳音による形成と語根母音の長音化による形成が、接尾辞型には v/u- 型 (thematic) と s- 型 (athematic) が含まれる。

    〔語根型〕

    畳音タイプ : stetī (STO)

    長音化タイプ : ēgī (AGO)

    〔接尾辞型〕

    v/u- タイプ : audīvī (AUDIO) / monuī (MONEO)

    s- タイプ : lūxī (LŪCEO)


    これらのうち最もポピュラーなのは v- 型の完了幹形成法である。 v- 完了幹は、たとえば amāvī (am-ā-v-) や audīvī (aud-ī-v-) のように、その動詞の結合母音 (theme : 幹母音ともいう) を接尾辞 v- の前で維持するが、 s- 型の完了幹では、 saep-s- (√saep- [SAEPIO]; saep-ī- = thematic form) のように、接尾辞が語根に直接添えられるため、種々の音韻変化が生じる。

    2. 動詞の分類
    このように s- 完了幹はその形成過程で結合母音を排するので、当然ながら第何活用動詞といった区分は何の役にも立たない。他の完了幹についても追って見てゆくが、基本的にそうした区分は完了幹の分類に持ち込まない方が良い。 Gildersleeve (G.) は数ある文法概説書のなかでは最も網羅的であるが、この区分に基づいて動詞を分類整列している時点で破綻を来している。確かに妥当な並べ方はなされているものの、説明が疎かにされているため説得力に欠ける。もう少し本格的な文法書では、 Kühner (K.) は G. よりも優れているが、それでも私の思い描く理想には少し届かない。ここには「紙幅の都合」というブラックボックスはない。そのような口実で疎かにされてきた説明を、本稿で実現してゆくつもりである。ともかく、完了幹はこの語根末子音の区分に沿って動詞を分かつ必要がある。

    3. 「語根」について
    ラテン語の完了幹が語根型と接尾辞型に分かれるのは上の通りであるが、完了幹形成法は必ずしも現在幹の特徴から把捉され得るものではない。そこで「語根」という概念が登場する。サンスクリットでは辞書の見出し語が語根であるし、ギリシャ語でも動詞の時制幹の形態的説明は必ず語根に基づいて為される。ところが、ラテン語の場合、文法概説書の大半は動詞の時制幹の説明を語根に言及せずに済ませようとしている(s- 完了幹については、たとえば G. では 10 行程度しか割かれていない)。私の思うに、その方法は破綻への道である。ラテン語動詞の時制幹の形成法は語根に言及せずに済むほど単純ではない。このような状況であるため、その形成法を正確に把握しようと思えば語源辞典を繙く他ない。それには幾つかあるが、最新のものとして de Vaan の語源辞典が最も便利である。

    de Vaan, M., (2008), Etymological dictionary of Latin and the other Italic languages, Brill.


    この語源辞典は非常に高価であるが、その価値は十分にある。もっと手軽なものとしては、次の一冊がおすすめ。巻末 Index は英単語しかないが、ラテン語から英語に入った単語を類推すればそれなりに使用に耐え得る。

    Watkins, C., (2000), The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots, Houghton Mifflin Company.


    とはいえ、多くの動詞では現在幹から語根が直接得られるのも事実である。このあたりについては別にまとめる必要があるが、本稿では完了幹の形成過程を説明するのに必要と思われる場合に限ってインドヨーロッパ祖語 (PIE) 動詞の語根にまで言及する。

    4. 表記について
    以上の理由から、本文では完了幹を語根から説明する。語根は主に de Vaan の辞典で提示されている PIE 動詞と PIt. 動詞の語根を参考にして私が構築したものである。表記については、次の順に並べた; [1] 語根, [2] 完了・直説法・能動相・1人称単数形 (pf. ind. act. 1sg.)、すなわち辞書の見出しの横に記載されている基本形, [3] 過去完了形 (plpf. ind. act. 1sg), [4] 完了不定詞能動態 (pf. inf. act.), [5] 見出し語 (pres. ind. act. 1sg.)。具体的には次のような表記である。

    √spek-; spexī, spexeram, spexisse

    (SPECIO, -SPICIO), 眺める

    [3] spexer- :

    ~ER-am, -ās, -at, -āmus, -ātis, -ant : 過去完了・直説法・能動態 (plpf. ind. act.)
    ~ER-ō, -is, -it, -imus, -itis, -int : 未来完了・直説法・能動態 (fut. pf. ind. act.)
    ~ER-im, -is, -it, -imus, -itis, -int : 完了・接続法・能動態 (pf. subj. act)

    [4] spexiss- :

    ~ISS-em, -ēs, -et, -ēmus, -ētis, -ent : 過去完了・接続法・能動態 (plpf. subj. act.)


    このように、ラテン語の完了時制は SUM を伴った一種の periphrastic conjugation であると言える。しかしそのように理屈として理解しているだけではなく、音として耳に定着させた方が実際に文章を読む段になると好都合である。それゆえ、基本形としての spexī だけでなく、この2つの形を代表形として併記している。ただし、それらの活用形は規則的に形成したものであり、必ずしも古典テキストの中に現れるとは限らないということは、断っておく必要がある。たとえば、例に挙げた *spexeram は古典期にその使用は確認されないが、その接頭辞派生動詞においては dēspexeram, perspexeram, prospexeram などが確認される。また、各動詞には基本的な意味の訳語を添えた。その際、同語源の単語を併記することで、イメージしやすいよう工夫したつもりである。

    >> Contents




    I. s- 完了幹形成法

     はじめに

    まずは最も音韻変化豊かな s- 型の完了幹から始めたい思う。 s- 完了幹を形成する動詞は語根末に閉鎖音 (c, g / t, d / b, p : Stops)、鼻音 (m, n : Nasals)、無声歯茎摩擦音 (s : Voiceless alveolar fricative) を持つものに限られる。

    1


    Velars : c, g (Labio- : qu, gu)


    ここでは現在幹末子音に軟口蓋音をもつ動詞を扱う1。なお、両唇軟口蓋音を持つ動詞もいくつかあるので括弧で括っておいた2。ここで扱う動詞は s- 完了幹形成動詞の中で最多である。それゆえ動詞の区分も必然的に細かくならざるを得ず, 1.1. においては語根母音の長短をも区分の基準に持ち出す始末である。 1.2. ではもはや完了幹の範疇を超えており, ppp. 幹の形成法に基づいた区分を導入している。これらの区分には苦しまぎれのところもあるが、妥当なところに落ち着いただろうと思っており、ご笑覧頂ければと。

    s- 完了幹を形成するc/g- 動詞は語根の特徴から次のように大きく3つに分けることができ、このうち 1. と 2. に属する動詞は x- (= ks-) 完了幹を形成する3: 
    1. CVC 型  2. CVnC 型 (N-動詞)  3. CVrC, CVlC 型

    1 「語根末子音」でない理由は「6. PIE Tectals」を参照のこと。
    2 qu = COQUO, TORQUEO ; gu =UNGUO, STINGUO
    3 [+vce] → [-vce] / ___s (s の前で g は無声化する)


    1.1. x-

    1.1.1. 【短母音】

     √-lek-; -lexī, -lexeram, -lexisse
    (-LICIO1 < LACIO, ~を誘惑する ; cf. illecebra 誘惑, Eng. delicious)
     √spek-; spexī, spexeram, spexisse
    (SPECIO, -SPICIO, ~を眺める)
     √īnsek(w)-; īnsexī, —
    (INSECO2, ~を物語る (cf. inquam3)
     √cokw- ; coxī, coxeram, coxisse
    (COQUO ~を火にかける(焼く、ゆでる、炙る、&c.); cf. Eng. cook, biscuit)

    1 allexī, illexī, pellexī (< *LACIO) ; N.B. ēlicuī (ĒLICIO)
    2 INSECO -secāre -secuī -sectus という SECO 「切る」 に由来する派生動詞が別にあるが、こちらは SEQUOR 「付き従う」に由来する動詞である。 SEQUOR はデポネント動詞なので完了幹をもたないが、その派生動詞 INSECO はデポネントではなく、完了幹——エンニウスに2例確認されるだけであるが (īnsexit) ——をもつ。
    3 inquam < *en-skw- // insec- < *en-sekw (s.v. de Vaan, īnsece / inquam)


    >> Contents

    1.1.2. 【長母音・二重母音】

    ここに単母音化した ī と ū が確認されるが、ī は二重母音 *ei- に、ū は *ou を経て *eu に遡ることができる (Fortson, p.284)。 ei, eu を含め、ラテン語では ai (ae), au, (oi/oe) 以外の二重母音はことごとく単母音化したのであるが、古ラテン語ではイタリック祖語から受け継いだ二重母音を維持していることが多いため (Lehmann, p.8)、語根には二重母音を残した。ただし、二重母音由来でない長母音に関してはその限りではない (√frīg-)。

     √douk-4; dūxī, dūxeram, dūxisse
    (DŪCO, ~を導く)
     √louk-; lūxī, lūxeram, lūxisse
    (LŪCEO [lūx], 輝く ; cf. lūcēscere 夜が明ける)
     √loug-; lūxī, lūxeram, lūxisse
    (LŪGEO, (~を)嘆き悲しむ)
     √soug- ; sūxī, sūxeram, sūxisse
    (SŪGO, ~を吸う ; cf. sūmen 乳房, Eng. soup, suck)
     √feig-, fīg-; fīxī, fīxeram, fīxisse
    (FĪGO5, ~を打ち込む、固定する ; cf. fībula 釘, Eng. dig, fix)
     √fleig-, flīg-; flīxī, flīxeram, flīxisse
    (FLĪGO, ~を(力いっぱい)打ちつける; cf. conflictus 戦闘)
     √frīg- ; frīxī, frīxeram, frīxisse
    (FRĪGĒSCO [frīgus], ~を凍らせる ; cf. Eng. refrigerator)
     ?√freig- ; frīxī6
    (FRĪGO, ~をカラカラにする(焼く、揚げる、&c.) ; cf. Eng. fry.)
     √aug- ; auxī, auxeram, auxisse
    (AUGEO, ~を増大させる ; cf. augustus, auctoritas)

    4 (pres., pf.) √douk- > dūc- // (ppp.) √duk- > duc-t-
    5 FĪGO はその正体が FĪVO なのでここに組み込むべきかどうか悩んだが一応入れておく (v. 6.2.)。 ppp. 幹も *fīctus とはならず fixus となる (fictus は FINGO の ppp.)。
    6 FRĪGO の完了時制での使用例は古典期には確認されない。(de Vaan, s.v. frīgō)


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    1.1.3. 長音化

    dīxī, -lēxī, rēxī, tēxī の長音は、 "e" の延長階梯 (lengthened e-grade) 語根 (-ē-) によって形成される PIE 動詞のシグマティック・アオリスト幹の形成法を受け継いだものと考えられる。また、これらはナルテン母音交替 (Narten ablaut) としても語られる。これは PIE 語根における -e´- // -ē´- の対立構造を明かすものであるが、強語幹では -ē- が、弱語幹(現在幹)では -e- が現れるとされる。このことについては Clackson (p. 83 ff.) で簡潔な解説が得られる。

     √dēik-7; dīxī, dīxeram, dīxisse
    (DĪCO, 言う; cf. digitus 指, index 人差し指, Eng. teach)
     √-lēg-8; -lēxī, lēxeram, lēxisse
    (-LEGO, -LIGO)
     √rēg-; rēxī, rēxeram, rēxisse
    (REGO, -RIGO9, ~を導く; cf. rēgula 定規, rēx 王, Eng. rail, regal)
     √tēg-; tēxī, tēxeram, tēxisse
    (TEGO, 覆う ; cf. tēctum 屋根, toga トガ)

    7 (pres.) √deik- > dīc- // (pf.) √dēik- > dīc-s- // (ppp.) √dik- > dic-t-
    8 neglegere, intellegere, dīligere の3動詞。これらの動詞について詳しくは拙稿「lēgī? lēxī? (LEGO)」を参照のこと。
    9 cf. surrēxī (SURGO 上る), perrēxī (PERGO 続行する). これら現在幹は独特な形をしているが、完了幹は規則的である。


    Bibliography

    Clackson, J, (2007), Indo-European linguistics : an introduction (Cambridge textbooks in linguistics), CUP.
    Fortson, BW., 2010, Indo-European Language and Culture: An Introduction, John Wiley & Sons.
    Lehmann, Ch., 2005, Latin syllable structure in typological perspective, [Online PDF].


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    1.2. nx- (N-動詞)

    s- 完了幹を形成する c/g- 動詞のうち、現在幹に鼻音接中辞をもつ動詞 (nasal infixed verbs : N-動詞) は完了幹にも鼻音接中辞が現れて nx- 幹を形成する。それに対し、 s- 完了幹を形成しない N-c/g- 動詞では完了幹に -n- が現れることはない1
    〔ppp. 幹〕
    ppp. 幹に関しては少々事情が込み入っており、別稿にまとめている2。 s- 完了幹を形成しない N-c/g- 動詞では完了幹と同じく ppp. 幹にも -n- が現れることはないが3、 nx- 完了幹を形成する動詞は、3つの例外を除き、 ppp. 幹にも -n- が現れ nct- 幹を形成する。その例外として、 i-N-g- 動詞の中には nx- 完了幹を形成するにもかかわらず、 inct- ではなく ict- 型の ppp. 幹を形成する動詞が3つある4。これは i が最弱母音 (weakest vowel) であることに起因していると思われるが、しかし nx- 完了幹を形成する i-N-g- 動詞の中には規則通りに inct- 幹を形成するものもあり5、はっきりとした理由は分からない。 また、 PANGO, FRANGO, TANGO については s- 完了幹を形成しないので、ここでは扱われない (q.v.『pēgī? tigī? (PANGO / TANGO)』)。

    1 linquere (līcuī), tangere (tetigī, -tigī), pangere (pepigī, -pēgī), frangere (frēgī), vincere (vīcī)
    2 q.v. 『N-c/qu/g/gu- 動詞の ppp. 幹形成法
    3 linquere (lictus), tangere (tāctus), pangere (pāctus), frangere (frāctus), vincere (victus)
    4 fingere (fictus), pingere (pictus), stringere (strictus)
    5 vincīre (vīnctus), cingere (cīnctus), pollingere (pollictus), lingere (līnctus), tingere (tīnctus), stinguere (stīnctus)


    1.2.1. i-N-g- [ppp. ict-]

     √fi-n-g-1 ; fīnxī, fīnxeram, fīnxisse [ppp. fict-]
    (FINGO ~を成形する ; cf. figūla 形, Eng. fiction, figure)
     √pi-n-k-2, 3 ; pīnxī, pīnxeram, pīnxisse [ppp. pict-]
    (PINGO ~を塗る、描く ; cf. Eng. picture, Grk. ποικίλος まだらの)
     √stri-n-g- ; strīnxī, strīnxeram, strīnxisse [ppp. strict-]
    (STRINGO ~を縛る、剥がす ; cf. syn. = vincīre, ligāre, Eng. stress)

    1.2.2. -N-c/g- [ppp. nct-]

     √sa-n-k- ; sānxī, sānxeram, sānxisse
    (SANCIO [sacer], ~を不可侵にする、批准する ; cf. sacrilegium 聖物窃取、冒瀆 [√leg- = 拾う])
     √wi-n-k- ; vīnxī, vīnxeram, vīnxisse
    (VINCIO ~を縛る ; cf. vinculum 縄、鎖, *vix (gen. vicis), prōvincia 属州)
     √ang-1 ; (anx-)4
    (ANGO 首を絞める、息が詰まる ; cf. angor 苦悩, anxius 不安である Eng. angish, angry)
     √plang- ; plānxī, plānxeram, plānxisse
    (PLANGO (胸 pectus, femur, &c.)を打つ、嘆く ; cf. plāga 殴打, Eng. plaint, complain)
     √king- ; cīnxī, cīnxeram, cīnxisse
    (CINGO ~を取り巻く、取り囲む ; cf. Eng. cincture 帯で巻く)
     √li-n-g-1 ; līnxī, līnxeram, līnxisse
    (LINGO ~を舐める ; ligurrīre たかる, Eng. lick)
     √-li-n-k(w)-2 ; (pollīnx-)5
    (POLLINGO (体)を(水で)清める)
     √ting- ; tīnxī, tīnxeram, tīnxisse
    (TINGO ~を(水に)つける、染める ; cf. Eng. taint, stain)
     √sti-n-gw- ; stīnxī, stīnxeram, stīnxisse
    (STINGUO (火)を消す ; cf. Eng. instinct, distinguish)
     √ungw- ; ūnxī, ūnxeram, ūnxisse
    (UNGUO (脂)を塗る ; cf. unguen 脂肪, Eng. anoint, ointment 軟膏)
     √iu-n-g- ; iūnxī, iūnxeram, iūnxisse
    (IUNGO ~を繋ぐ ; iugum くびき, iūxtā ; Eng. join, yoke, yoga)
     √-mu-n-k-2 ; ē-mūnxī, -mūnxeram, -mūnxisse
    (ĒMUNGO [mūcus 粘液質のもの] (鼻)を拭う、騙す ; cf. mūcēre カビが生えている, Eng. musty, moist)
     √-pu-n-g- ; -pūnxī, -pūnxeram, -pūnxisse
    (PUNGO, pupugī ~を刺し貫く、穴をあける ; cf. pugnere 格闘する, pugil 拳闘士, pugnus 握りこぶし, Eng. puncture, point)

    1 PIE 語根 (FINGO *dhi-n-ǵh- ; ANGO *h2(e)nǵh- ; LINGO *li-n-ǵh-) の末尾子音に硬口蓋有声帯気音 (palatal voiced aspirate) *ǵh が確認される。この音はラテン語では H として現れることが多いが (cf. 6.1.)、このように n に後続する場合には G が現れる。
    2 語根 √~k- が現在幹で ~g- として現れているが、これは他の N-動詞との類比に起因するものと思われる。
    3 この動詞は多くの印欧語で *piḱ- と関連付けられる。 de Vaan は名詞 PIX (picis, f. ピッチ) との語源的関連に言及しないが、どうやら同根である (q.v. 『PINGO 「塗る、描く」の語源』)。
    4 完了形はアウルス・ゲッリウスに 1 例確認されるだけで (anxit)、 ppp. anct- もディアコヌス (Paul. Fest.) に 1 例確認されるだけである (OLD s.v. angō)。 cf. adj. anxius
    5 完了時制幹はプラウトゥスに1例確認されるのみ (pollinxerat)。未完了時制 (polling-) では使用された形跡が見当たらず、いっそのこと語彙から消してしまいたくなる。ただ、ppp. (polli(n)ct-) の使用が数例確認されるので消すわけにはいかない。 cf. √likw- (LIQUEO 液体(水)である、見え透いている、明らかである)


    >> Contents


    1.3. rs-, ls- (語根末子音の脱落)

    r, l に後続する c, g は s の前で消失するので, rc-, rg-, lc-, lg- の現在幹をもつ動詞の完了幹は rs-, ls- となる。このことを形式化すると次のようになる。
    {c, g} → Ø / {r, l}___s
    ところが、名詞の主格形においては rx, lx の子音クラスタが成立する。それゆえ, arx (~cis, f.), merx (~cis, f.), calx (~cis, f., m.), falx (~cis, f.) はそれぞれ *ars, *mers, *cals, *fals とはならない。

    〔ppp. 幹〕 完了幹と同じく, ppp. 幹においても t- の前で語根末子音を喪失する。このことから単純に ppp. 幹は rt-, lt- となると思いたいところであるが, t- ではなく s- によってppp. 幹を形成するものが多く、どちらによるかは不規則的である。

    1.3.1. rs-

     √far(k)-; farsī, farseram, farsisse [ppp. fart- (later, fars-)]
    (FARCIO ~を満杯にする ; cf. frequēns)
     √sar(k)-; sarsī, sarseram, sarsisse [ppp. sart-]
    (SARCIO ~を修繕する)
     √-par(k)-; -parsī, -parseram, -parsisse [ —1 ]
    (-PARCO // -PERCO [PARCO pepercī (later parsī)] ~を節約する ; cf. arcēre ~を囲いこむ, parcus 倹約的な)
     √spar(g)-; sparsī, sparseram, sparsisse [ppp. spars-]
    // -spersī, -sperseram, -spersisse [ppp. spers-]
    (SPARGO // -SPERGO ~を撒き散らす ; cf. Eng. sprinkle, spray)
     √mer(g)-; mersī, merseram-, mersisse [ppp. mers-]
    (MERGO ~を浸ける、し始める ; cf. mergus 海鳥 (カモメ), Eng. emerge)
     √ter(g)-; tersī, terseram, tersisse [ppp. ters-]
    (TERGEO2 ~を磨く ; cf. abs-, dē-, ex-tergēre)
     √tor(kw)- ; torsī, torseram, torsissem [ppp. tort-]
    (TORQUEO ~をねじる ; cf. tormentus ロープ, tortor 死刑執行人)
     √tur(g)-; tursī, turseram, tursisse [ — ]
    (TURGEO 腫れる、膨らむ)
     √ur(g)-; ursī, urseram, ursisse [ — ]
    (URGEO ~を威圧する、迫る ; cf. syn. = pellere, trūdere, Eng. urge, wreak)

    1 parsimōnia (= parcimōnia ; parsi-, parci-) に現れている pars- は ppp. 幹ではなく完了幹である。古ラテン語では完了幹から派生語を産出するのが一般的であった (de Vaan, s.v. parcō) ; cf. falsimōnia (FALLO fals-ī), but sanctimōnia (SANCIO sānxī ), querimōnia (QUEROR —)
    2 tergēre は tergere と競合するが, fulgēre // fulgere と同様、本来は tergere であったと思われる。

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    1.3.2. ls-

    fulcīre, fulgēre は共に完了幹が fuls- であり, mulcēre, mulgēre は共に muls- である。しかし, ppp. 幹はそれぞれ異なっている。

     √ful(k)- ; fulsī, fulseram, fulsisse [ppp. fult-]
    (FULCIO ~を支える ; cf. fulmentum 支柱, Grk. φάλκης 肋材, Eng. balk 垂木, balcony)
     √ful(g)- ; fulsī, fulseram, fulsisse [ppp. fuls-]
    (FULGEO1 (星やコインなどが)きらりと光る ; cf. fulmen 稲妻, fulgur 稲光, flamma 炎, flāgrāre 燃える, Grk. φλόξ [φλογ-] 炎, Eng. flame, bleu, Fr. blanc 白い)
     √-dul(g)- ; indulsī, -dulseram, -dulsisse [ppp. indult-]
    (INDULGEO (~に)寛容である、甘い)
     √mul(k)- ; mulsī, mulseram, mulsisse [ppp. muls-]
    (MULCEO ~を撫でる、宥める ; cf. mulcāre ぶちのめす)
     √mul(g)- ; mulsī, mulseram, mulsisse [ppp. mulct-2]
    (MULGEO (羊 ovis (の乳))を絞る; cf. mulctra 搾乳桶, Eng. milk)


    1 詩などでは第三活用動詞 fulgere として使用されることがわりとある (OLD, L-S s.v. fulgeō)。この動詞は本来的には第3活用動詞であり (de Vaan s.v. fulgō)、それゆえ古典期作家による fulgere の散文における使用は擬古的な効果を狙ったものであったかもしれない。
    2 mulcēre の ppp. との混同を避けたものであるとすれば、このような特殊な形の ppp. 幹にも納得出来る。ちなみに、OLD では mulcere と mulgere の ppp. 幹の表記が誤っている。mulceō ... (mulsum or mul(c)tum) // mulgeō ... ~sum とあるが、そのまま差し替える必要がある。


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    2


    Alveolar Stops : t, d


    s- 完了幹を形成する歯茎閉鎖音幹動詞は そのほとんどが √d- 動詞である (præt. -CUTIO, SENTIO)。

    t, d に s が後続すると t, d は歯擦化して ss となり、〔ss → s / σˉ___〕の法則によって ss は s となる。 2.1. の2動詞は ss- の直前の音節が軽い (σ˘) ので ss- の段階で留まるが, 本節の大半を占める 2.2. の動詞群はすべて重音節 (σˉ) を頭に戴くため, s となる。この対比は次のように表すことができる:
    1. σ˘-ss- // 2. σˉ-s-


    2.1. σ˘-ss- 型

    次の2動詞では ss の前の音節 σ は軽い (σ˘ = ce-, cu-)。

     √ked-1; cessī, cesseram, cessisse [ppp. cess-]
    (CĒDO 退く ; cf. abscessus 留守, 断念, recessus 後退, 湾, necesse 不可避の, Eng. cease, succeed, necessary)
     √-k(w)ut- ; -cussī, cusseram, cussisse [ppp. cuss-]
    (-CUTIO < QUATIO ~を振動させる ; cf. Eng. earthquake, Quaker, discussion)

    1 現在幹から推測すると完了幹は *cēs-(ī) となるように思われるが、どういうわけか cess- である。現在幹に現れている長母音 (ē) は代償延長の結果である (*ked-d- > *kesd- > kēd- ; cf. CRĒDO krezd- > krēd-)。しかし、完了幹では語根 *kesd- に s- が後続することで、まず s の脱落の前に d との間で音韻変化が生じて *kesss- となっているような状況である。すると, *kesss- > kess- の推移は発音上の経済化であり、代償延長を引き起こす子音の脱落は起こらない。ところが、同じ構成の語根を持つと思われる rādere (*rad-d- > * razd- > rād-) の完了幹は rās- であり、アポリアに陥る。そのため, kesd- を *ke- と *sd- との合成語根と見なす余地が生じる。


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    2.2. σˉ-s- 型

    2.2.1. 開音節 (CVˉ)

    開音節 (CVˉ) の重音節 (σˉ) を語頭に戴く動詞群。

     √rād-1 ; rāsī, rāseram, rāserisse [ppp. rās-]
    (RĀDO ~を削る (w. rupem 岩を穿つ) ; cf., rāmentum 鍬, rāstrum 熊手, ?rōdere 齧る, Eng. erase)
     √suād- ; suāsī, suāseram, suāsisse [ppp. suās-]
    (SUĀDEO [suāvis (cf. Eng. sweet) + -EO (+causative)], ~を勧める ; cf. sāvium (suā-) キス, Eng. persuade)
     √wād- ; vāsī, vāseram, vāsisse [ppp. vās-]
    (VĀDO 前進する ; cf. vădum 浅瀬, Eng. invader 侵略者)
     √rīd- ; rīsī, rīseram, rīsisse [ppp. rīs-]
    (RĪDEO 笑う ; cf. rīdiculus, Eng. ridiculous)
     √rōd- ; rōsī, rōseram, rōsisse [ppp. rōs-]
    (RŌDO ~を齧る、蝕む ; cf. rōstrum 嘴 (くちばし), ロストラ (船嘴), ?rādere 削る, Eng. erosion 浸食, rodent 齧歯類)
     √loid- ; lūsī, lūseram, lūsisse [ppp. lūs-]
    (LŪDO 遊ぶ、興ずる ; cf. dēlūdere 騙す ēlūdere 罠を仕掛けて騙す、回避する, Eng. prelude 前奏曲, illusion)
     √troud- ; trūsī, trūseram, trūsisse [ppp. trūs-]
    (TRŪDO ~を強く押す、押し出す ; cf. {abs-, dē-, ex- / in-, ob-, prō-}, Eng. threat, thrust)
    (2重母音)
     √laed- ; laesī, laeseram, laesisse [ppp. laes-]
    // -līsī, -līseram, -līsisse [ppp. līs-]
    (LAEDO // -LĪDO ~を傷める、毀損する ; cf. ēlīdere 打ち砕く, 排除する, Fr. élision 母音省略)
     √awd- ; ausim2 [ppp. aus-]
    (AUDEO 敢えて~する ; cf. avēre 切望する, avidus 強欲な avārus 強欲な, けちな)
     √clawd- ; clausī, clauseram, clausisse [ppp. claus-]
    // -clūsī, -clūseram, -clūsisse [ppp. clūs-]
    (CLAUDO3 // -CLŪDO ~を閉める ; cf. clāvis (Grk. κλείς, Fr. clef) 鍵, claustrum 錠, 檻, clāva 棍棒, clausula 掉尾文の結語, Eng. include, clause, close)
     √plau- ; plausī, plauseram, plausisse [ppp. plaus-]
    // -plōsī, -plōseram, -plōsisse [ppp. plōs-]
    (PLAUDO // -PLŌDO パタパタする (羽音), パチパチする (拍手) ; cf. explōdere 追い払う, Eng. applaud, explosion)

    1 *rad-d- > *rasd- > rād- (q.v. 2.1. √ked- CĒDO). 医学論で有名なケルススの写本は ppp. 幹に rass- の形を残しているが (OLD s.v. dērādō), この例外的事象から cess- との繋がりを主張するのは強引に過ぎる。
    2 完了時制で直説法が用いられることはまずなく、通常希求法が使用される (完了時制の接続法人称語尾を -er- を介さず完了幹に直接添える : i.e. aus-im ; cf. velim VOLO, nōlim NŌLO, mālim MĀLO, edim EDO, faxim FACIO).
    3 cf. claudēre // clōdēre 跛行する


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    2.2.2. 閉音節 ([C]VC : ARDEO, SENTIO)

    以下の2動詞は s- の前の音節が閉音節 ([C]VC) であるため、前項とは少し様相が異なる。 ARDEO は一見すると r-c/g- 動詞のように (q.v. 1.3.1.), *ard-s- > ars- の変化において語根末の d が r と s に挟まれて脱落しているようにも見えるが、これは ds > ss の音韻変化の結果であって語根末子音の脱落ではない。

     √sent-1 ; sēnsī, sēnseram, sēnsisse [ppp. sēnsus]
    (SENTIO ~を感じる, 気付く; cf. sententia => Eng. sentence)
     √ard-2; arsī, arseram, arsisse [fut. part. arsūr-]
    (ARDEO 燃える ; cf. ārēre [√ās + -ē- … rhotacism] (肌や喉などが) 乾いている, ārea 開けた場所 (cf. templum), Grk. ἀζεῖν 乾く, Eng. ash)
     (√-mord- ; *-morsī)3
    (prae-MORDEO)

    1 語根は閉音節である。歯茎閉鎖音幹の N-動詞は SENTIO 以外すべて Voiced (N-d-) である。 ppp. 幹は s- によって形成され (cf. 1.3.), *sent-sus > sēnsus となる。
    2 arsī (ARDEO) は ĀREO に由来する形容詞 āridus 「乾いた」から派生した動詞である。 ārid- > ard- (いわゆる語中音消失 syncope の一種) に見られる a の短音化は、SĀRIO > sartor (sār-i- > sar-t-) に起こるのと同じ原理である。このことを形式化すると次のようになる:

    〔 VˉrVC → V˘rC 〕

    ōrdō (inis, m.) にみられるように、一般的に「VrC における V は長音である (VˉrC)」とされるが、それには例外が沢山ある。とりわけ V = a の場合、派生などによって弱化し e になるものは短音であると言われる (e.g. arcēre > ex-ercēre ; cf. Allen p. 73)。ところが ardēre の a は弱化しないため (ex-ardēre), Bennett, Gildersleeve, Allen & Greenough などは ārdeō, ārsī と表記する。しかし, シンコペーションにおける〔VˉrV[C] → V˘rC〕の音韻法則が優先的に働くため, ardeō, arsī とする方が正確であるだろう。
    3 完了幹 mors- はプラウトゥス(断片)に praemorsisse の形で1例確認されるだけである。その完了形は MORDEO memordī と本来語根型であって、完了幹を導出するならば *praemordī あるいは *praemomordī / -memordī となるはずである。プラウトゥスは "Aulularia" においてadmemordisse と正当にも語根型で活用していることが分かる。このことから、この形態は韻律に合わせるために創出されたのかもしれず、あるいはスクリーバつまり写字生の誤りであって、その誤った写本を基にゲッリウスが報告しているかである。いずれにせよ、OLD が次のように基本形としてこの形を掲示するのは不適切と思われる (Forms の下でのみ示されるべき). L-S も同様である。

    praemordeō ~dēre ~sī ~sum

    Bibliography

    Allen, W.S., (1978), Vox Latina — The pronunciation of classical Latin, 2 ed., CUP.


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    2.2.3. MITTO, DĪVIDO, GAUDEO

    ここでは上の枠にはまらない3動詞をまとめて扱っている。すなわち、現在幹と完了幹との関係が一見不明瞭な動詞群であり、その意味では 2.1. の cēdere もここに含まれるべきであるが、ここで扱われるのは σˉs- 型動詞であるため除外される。また、このことを裏返すと、以上で扱われてた本節の動詞はすべて現在幹から規則的に導出できるのであり、ただ本項で扱う3動詞だけが不規則的であると言える。
    これらの動詞は完了幹を見る限りでは 2.2.1. の開音節の枠に収まるものであるが, mittere は現在幹との関係ゆえにはじき出され, dīvidere と gaudēre は *dīviss-, *gāviss- とならないため例外として扱われる。

     √mīt-1 ; mīsī, mīseram, mīsisse [ppp. mīs-]
    (MITTO ~を解放する, 送り出す; cf. Eng. mission, missile, promise)
     √wid-2 ; dī-vīsī, -vīseram, -vīsisse [ppp. dīvīs-]
    (DĪVIDO ~を分かつ ; cf. dīvidia 苦悩 (仲違いを表すことから), Eng. divide, widow 寡婦)
     √gāw-i-d-3 ; (gāvīsī)4 [ppp. gāvīs-]
    (GAUDEO 喜ぶ ; cf. gaudium = Ital. gioia, Fr. joie, Eng. joy)


    1 mīsī (MITTO) は現在幹がすこし捻くれているため一見不規則に思われるが、語根は mīt- (*meit-) であり, *mīt-s- > *mīss- は〔ss → s / σˉ___〕の法則から mīs- になる。現在幹 mitt- は littera-rule によって説明される類のものである (de Vaan, s.v. cella —"a sequence of long vowel plus simple consonant can be replaced by a short vowel plus a geminate consonant")。この規則については次の2つの文献で詳しい解説が得られる。

    "The Littera-Rule: Inverse Compensatory Lengthening in Latin", [Online PDF]
    Weiss, M., (2010), "Observations on the Littera Rule", [Online PDF]

    また、littera - lītera の対が確認されるように、現在幹 *mīt- の形も不明瞭ながら銘文などで確認される (OLD s.v. mittō).
    2 dīvīsī (DĪVIDO) の語根 √wid- は PIE *(d)ui-dhh1- に遡る。先頭の d は異化 (dissimilation) の結果消失した (de Vaan, s.v. dīvidō)。異化といえば形容詞接尾辞 -ālis // -āris の対立がとりわけ有名であるが、要するに σ[C1-V]σ-σ[C1-V]σ というように、隣り合う音節が同じ子音で始まるのを避けた結果の現象が異化である。このことは r, l に限らず、たとえば medīdiē > merīdiē に確認されるように, d にも起こり得る (Baldi, p. 296)。ただ, *(d)ui-dhh1- においては merīdiē のように r . . d とはならずに消失した。また、接頭辞の dis-v- > dīv- の変化は s の消失と代償延長である。ところで, *dīvid-s- は -vi- が軽い (σ˘) ので *dīviss- となりそうなところであるが、なぜか語根に長音が現れる (dīvīs-)。私はこれを vidēre の完了幹 vīd-(ī) に引っ張られたものと思っている。というのも, ppp. dī-vīsus (< *dīvid-t- : Lachmann’s Law) は vidēre の ppp. 幹 vīs- と同形であれば, dīvidere と vidēre の活用を混同したとしても不思議ではないと思われるからである。
    3 w に後続する無強勢の i は排除されるので、現在幹は *gāw-i-d- > *gawd- > gaud-となる。
    4 完了幹と ppp. 幹では dīvidere と同じく i が長音化し, gāw-ī-d-s- > gāvīs- となる。ただ、この動詞の完了時制での使用は Livius Andronicus と Cassius Hemina とに確認されるだけである (L-S, de Vaan, s.v. dīvidō).


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    2.2.4. x- (CT-動詞)

    以下の4動詞 (CT- 動詞) の s- 完了幹形成法は t- 幹名詞の単数主格形と対比させるのが有効である。CT- 動詞のように、幹末に2子音が並ぶものでは rt-, nt- 幹がほぼ全体を占めており, ct- 幹には nox (noct-) と lac (lact-) が確認されるだけである。これら名詞の単数主格形の形成法は、それぞれ次のとおりである:

    rt- : *art-s > *arss > ars
    ns- : *font-s > *fonss > fons
    ct- : *noct-s > *nocss > *nocs = nox


    とはいえ、CT- 動詞のうち語根末が本来的に ct- であるのは PECTO だけであって、他の3動詞は t- 接尾辞によって ct- 幹を形成している。すると、SC- 動詞の完了幹に sc- が現れないのと同じ理由から CT- 動詞の完了幹に t- が現れないのではないか、接辞が現れるのは現在幹だけではないか、という考えが浮かぶ。しかし、そう短絡的に SC- 動詞を根拠に持ち出すことは出来ない。というのも、SC- 動詞の場合は未完了相と完了相との違いなどから意味論的な説明が可能であるのに対し、CT- 動詞の t- 接尾辞はそのような意味機能を何らもたないと思われるからである。それゆえ、やはりこれらは ct-s- > css- > cs = x- の音韻変化を想定するのが妥当である。

     √flek-t- ; flexī, flexeram, flexisse [ppp. flex-]
    (FLECTO 曲げる, (髪を)巻く, お辞儀する, かがむ ; Fr. accent circonflex 曲アクセント, Eng. flexible, inflection 屈折〔言語〕)
     √plek-t- ; plexī, plexeram, plexisse [ppp. plex-]
    (PLECTO ~を編む ; cf. implicāre 包む, duplex 2倍, placēre 喜ばしい, Gk. πλέκω, Eng. reply, complex)
     √nek-t- ; nexī, nexeram, nexisse [ppp. nex-]
    (NECTO ~を織る, 織り混ぜる ; cf. nexus 結合, Eng. connection)
     √pekt- ; pexī, pexeram, pexisse [ppp. pex-]
    (PECTO くしづける【梳る】 ; cf. pecten [-inis, m], 櫛, Gk. κτείς [-ενός, ὁ])

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    3


    Labials : p, b


    3.1. √p-

    語根はすべて閉音節=重音節である (σˉ-s-)。 lps-, rps- という3子音が維持されているが、通常 (r/l/m/n)-(stop)-C の子音が連なると真ん中の (stop) が抜け落ちる (cf. 1.3.)。-p- も閉鎖音の一種なので、sarmentum (< sarp- : SARPO) に見られるように、それは抜け落ちても不思議ではないが、これら完了幹では維持される。鼻音幹動詞の完了幹では -p- を挿入することで発音しやすくしていること (-mps-)、ギリシャ語の ψ = ps が一文字で表されることなどから、ps の音は比較的発音しやすく維持される傾向にあったと言える。ただ、同じく一文字で表される ξ = ks = x の場合、[lk-s], [rk-s]において k 音が脱落した (cf. 1.3.)。

     √klep- ; clepsī, clepseram, clepsisse [ppp. clept-]
    (CLEPO ~を盗む ; cf. subripere, fūrārī [< fūr 盗人], Grk. κλέπτειν)
     √rēp- ; rēpsī, rēpseram, rēpsisse [ppp. rēpt-]
    (RĒPO 這う ; cf. serpere, Eng. reptile 爬虫類)
     √saep- ; saepsī, saepseram, saepsisse [ppp. saept-]
    // -sēpsī, -sēpseram, -sēpsisse [ppp. -sēpt-]
    (SAEPIO [saepēs 生け垣] 垣を巡らす, 包囲する ; cf. saepe)
     √scalp- ; scalpsī, scalpseram, scalpsisse [ppp. scalpt-]
    (SCALPO ~を〔爪で〕引掻く, 彫る ; cf. rādere, scabere, caelere, scrībere, Eng. sculpture 彫刻)
     √sculp- ; sculpsī, sculpseram, sculpsisse [ppp. sculpt-]
    (SCULPO1 ~を彫刻する)
     √karp- ; carpsī, carpseram, carpsisse [ppp. carpt-]
    // -cerpsī, -cerpseram, -cerpsisse [ppp. -cerpt-]
    (CARPO // -CERPO ~を摘む, 選ぶ ; cf. dē-, dis-, ex-cerpere, vellere, Eng. harvest 収穫, excerpt 抜粋, carpet 絨毯)
     (√sarp- ; sarpsī)2
    (SARPO〔ブドウの木〕を刈り取る ; cf. sarmentum<,i> 〔ブドウの〕小枝)

    1 sculpere は scalpere からの逆形成動詞。
    2 非常に稀な動詞。


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    3.2. √b-

    有声子音は s の前で無声化するので、*bs- は ps- になる (anticipatory assimilation)。綴りの上では変わらないが, absolvere が発音上は /aps-/ であることと同じである。

     √screib- ; scrīpsī, scrīpseram, scrīpsisse [ppp. scrīpt-]
    (SCRĪBO 〔線〕を引く, 〔文字〕を刻む ; cf. scalpere, Grk. σκάρῑφος, Eng. serif)
     √noub- ; nūpsī, nūpseram, nūpsisse [ppp. nupt-]
    (NŪBO (女性が)結婚する ; cf. nuptiae 結婚, Grk. νύμφη)
     √gloub- ; (glūpsī)
    (GLŪBO 〔~の(皮を)〕剥ぐ ; cf. glūma もみ殻, Eng. clever)


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    4


    Nasals : m, n


    4.1. mps-

    ここで扱う動詞は EMO (ēmī) から派生した DĒMO, CŌMO, PRŌMO, SŪMO の4動詞と CONTEMNO である。これら4動詞の完了幹は母体である EMO と その他の接頭辞派生動詞 (e.g. adimere, redimere, &c.) とは形成法が異なる (adēmī, redēmī)。これら4動詞のうち dēmere と cōmere は下位動詞を持たず、 prōmere は ex- と dē- による派生を許す。 sūmere は非常に生産的で下位派生動詞を豊富に有しており、その重要性はこれら4動詞中では抜群である。

    ここで扱う動詞は完了幹を形成する際、発音の都合上、語根末子音 m と s- との間に語中音添加 (Ephenthesis : Eph.) を伴う。実際に ms (e.g. contemsī) を発音してみると分かるが、この2子音を橋渡しするのに適した子音は無声両唇破裂音 (p) 以外に考えられないだろう。 m のような内破音 (unreleased consonant) を後続する s に繋げるにはこのような音挿入が必要である。それゆえ、大抵この Eph. を伴う mps- 完了幹が用いられるが、古くは(あるいは人によっては)無理やり ms- と発音されていたと思われる。

     > EMO (emere, ēmī, ēmptus 取る、手に入れる) cf. Eng. take
    dēmpsī, dēmpseram, dēmpsisse [ppp. dēmpt-]
      (DĒMO1 ~を取り除く)
    cōmpsī, cōmpseram, cōmpsisse [ppp. cōmpt-]
      (CŌMO2 ~をきれいに整える、飾る)
    prōmpsī, prōmpseram3, prōmpsisse [ppp. prōmpt-]
      (PRŌMO4 ~を見えるところに取りだす ; cf. in prōmptū esse 明らかである, Eng. impromptu 即興曲)
    sūmpsī, sūmpseram5, sūmpsisse [ppp. sūmpt-]
      (SŪMO6 ~を手に取る ; cf. sūmptus (~ūs, m.) 出費, Eng. consume)
     √tem- ; con-tempsī, -tempseram7, -tempsisse [ppp. tempt-]
    (CON-TEMNO8 見下す ; cf. templum 神域(切り開かれた場所), Eng. tmesis 分語法)


    1 dē-em- > dēm- : 同音の母音は結合して長母音になる。
    2 co-em- > cōm- : 一般的に2つの短母音が続くと先の母音の長音が現れる。この動詞は COEMO (coēmī) 「買い集める」と混同しやすい。
    3 Eph. 無しの ms- 完了幹がグラッティウス に一例 (promserit) 確認される。
    4 prō-em- > prōm- : 2つの異なる母音の連なりにおいて長母音がある場合、長母音が優勢に立つ。
    5 Eph. 無しの ms- 完了幹がアプレイウス、コルメッラ、ワレリウス・マクシムス、法学者のガーユス に、それぞれ (prae-)sumser- の形で 1 例ずつ確認される。
    6 sūm- に関しては少し複雑ではっきりした事は言えないが、 surēm- (*subs-em- > *suz-em- > sur-em-) という完了幹の使用が確認されることから(OLD s.v. sūmō)、 *surem- という現在幹が考えられる。この r が何らかの理由で脱落して *su-em- になり、 cōm- と同じ原理で *su-em- は sūm- になったのではないだろうか。
    7 Eph. 無しの ms- 完了幹が銘文に確認される (comtemserit ; CIL 3.9450)。
    8 TEMNOは CONTEMNO からの逆形成 (back-formation) によって作られた動詞なので (de Vaan, s.v. contemnō)、 [CON- + TEMNO] という OLD の表記は不正確である。現在幹には鼻音接中辞 -n- が挿入されており (tem-n-)、それゆえ完了幹は √ tem- によって形成される。


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    4.2. ns-

    s- 完了幹を形成する n- 動詞は manēre のみである。他の n- 動詞は nōscere (nōvī) を除きすべて u- 完了幹を形成する (e.g. tenuī)。

     √man- ; mānsī, mānseram, mānsisse [ppp. māns-1]
    (MANEO (~に)留まる、待つ ; cf. Grk. μένω, μίμνω, Eng. remain, mansion)

    1 N.B. mantāre [mant-]


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    5


    Voiceless alveolar fricative : s


    5.1. ss- (s- 由来の r- 動詞)

    ここで扱うのは、語根末子音が s- でありながら現在幹の幹末子音が r- であるような動詞4種である。これら動詞の現在幹における r 音はいわゆるロータシズム rhotacism の影響を被ったものであるが、その完了幹には s が残る。ロータシズムは隣接する子音や母音間でかなり規則的に起こったものであるが、その際決して r 化しなかった状況というのがいくつかあり、これら完了幹の置かれた状況もそのうちの一つである。
    その状況というのは、〔ss → s / σˉ___〕の規則の結果 s- となったものである。それゆえ、例えば fūsus (FUNDO) における s などは母音間にあっても決して r 化することはなかった1。当該の完了幹についても、語根末子音 s- に完了幹形成接辞 s- が重なり ss- あるいは s- となったため r 化が波及することはなかった。
    ところが、現在幹では語根末子音 s がそのまま現われているため、語根の中核母音 (nucleus) と結合母音 (theme) とに挟まれたこの語根末子音 s は r 化を被ることになった。これら4動詞の現在幹における rhotacism を図式化すると次のとおりである:
    s → r / V(nucleus)___V(theme)

    1 √fūd- + -tus/-sus => *fūttus / fūtsus => *fūssus => fūsus (ss- > s- の過程は〔ss → s / σˉ___〕の規則による ; q.v. 『N-d/t- 動詞の ppp. 幹形成法』)。



     √ges-1 ; gessī, gesseram, gessisse [ppp. gest-]
    (GERO ~を運ぶ ; cf. -GER2, gerundium, Eng. suggest, register, gest)
     √us-3 ; ussī, usseram, ussisse [ppp. ust-]
    (ŪRO ~を焼く、焦がす ; cf. combūrere 火葬する, eurus 南東風 (Grk. Eὗρος, cf. Venti 風神), Eng. adust, combustion 燃焼)
     √haus-4 ; hausī, hauseram, hausisse [ppp. haust-]
    (HAURIO ~を汲み上げる ; NB. dēōrīre = dēhaurīre ; cf. Eng. exhaust)
     √haes- ; haesī, haeseram, haesisse [ppp. haes-5]
    (HAEREO 貼り付く (w. dat., &c.) ; cf. Eng. adhere, hesitate)

    N.B. √kwaes- => v- 完了幹 (quaesīvī (-siī,-sī) : QUAERO)


    1 この動詞の語源は OLD では語源不詳扱いであるが、現在は agere [*h2eǵ-] と同根と見なされている [*h2ǵ-es-]。
    2 接尾辞 -GER, era, erum は主に「~を体の一部として持つ (bearing)」という意味の形容詞をつくる (e.g. āliger [āla] 翼のある, corniger [cornū] 角のある)。
    3 現在幹の語根が √ous- であるのに対し、完了幹は √us- から形成される。 Bennett と Gildersleeve では ūssī と表記されるが、それは〔ss → s / σˉ___〕の規則からあり得ない。また、 ppp. 幹の表記にもゆれがあるが、ppp. 幹は完了幹と同じ語根 √us- から導出されるため、 ūst- ではなく ust- である。
    4 haurīre は多くの ī 幹動詞(第4活用)と同じように、知ってか知らずか *haurīvī (-riī), *haurītus の活用で使用された痕跡が確認されている (OLD s.v. hauriō)。
    5 haerēre の ppp. 幹も一見他の3動詞と同じように *haest- となるように思われるが、 実際は haes- である (cf. haes-itāre)。これは -t ではなく -s によって ppp. 幹が形成されているためである。なお *haes-s- における ss は重音節 (hae =σˉ) に後続しているために haes- となる〔ss → s / σˉ___〕。


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    5.2 ss- (PREMO, IUBEO)

    以下の2動詞は現在幹と完了幹が別の語根から形成される、つまりこれらの動詞は2つの語根をもつと把握しておくのが良いと思う。詳細は語源辞典に委ね、ここではそれぞれ他の √~m- 動詞 (cf. 4) と √~b- 動詞 (cf. 3.) との相違を指摘するだけにしておく。すなわち、PREMO の完了幹は *premps-(ī) ではなく press-(ī) であること, IUBEO は *iups-(ī) ではなく iuss-(ī) であることである。

     √pres-1; pressī, presseram, pressisse [ppp. press]
    (PREMO, -PRIMO [√prem-] ~を踏む, 圧縮する, 覆う, 妨害する, &c. ; cf. Ital. espresso, Fr. après, Eng. impression)
     √ius-2; iussī, iusseram, iussisse [ppp. iuss-]
    (IUBEO [√iub-] ~を命じる, (法)を制定する; cf. Eng. jussive mood 命令法〔言語〕)

    1 cf. prēlum < *pres-lo- 圧搾機
    2 *fūnes-ri-s > fūnebris のように s => b の音韻変化は確認されるが、このような b => s の変化は他に見当がつかない。


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    6


    PIE Tectals : *gh, *ǵh; *gw


    6.1. x- (*gh, *ǵh 由来の h- 動詞)

    ここで扱われる動詞は trahere と vehere である。この2動詞の PIE 語根の末尾子音には口蓋音の有声帯気音が確認される (TRAHO *dhregh-, VEHO *weǵh- : de Vaan, Rix)。ところで、PIE の有声帯気音には *bh (labial), *dh (alveolar), *gh (velar), *ǵh (palatal), *gwh (labiovelar) の5つがあり、ここで問題となるのは *gh (Velar) と *ǵh (palatal) である。
    bh ― dhgh / ǵh / gwh
    いわゆる Centum グループに属する言語においては PIE の Velar と Palatal とは同じ帰結を見せるので (Meier-Brügger, p. 129)、ラテン語においても *ǵh と *gh の違いはとりわけ重要ではない。それらの音の現れについては語頭 (word-initial) と語中 (word-internal) によって、またその環境によって異なるのであるが, trahere, vehere の現在幹における H については次のような音韻変化が想定される (Stuart-Smith, p.208)。
    *gh, ǵh => w => ɦ (H)
    完了幹の X については次の通りである。
    *ghs, ǵhs => ks (X)

     √wēχ-1 ; vēxī, vēxeram, vēxisse [ppp. vĕct-]
    (VEHO ~を運ぶ ; cf. vehiculum 車, Eng. weight, wagon, vehicle)
     √trāχ-2 ; trāxī, trāxeram, trāxisse [ppp. trăct-]
    (TRAHO ~を引きずる ; cf. trāgula そり, Eng. train, attraction)


    1 完了幹 vēx- について、 Jasanoff (p. 408) は、無声閉鎖音や有声帯気音を語根末にもつ語根母音 e は完了幹において長音化しないという規則から、 vĕx- であると主張する。Leumann も同様に3箇所で vexī とマクロン無しで表記している。それに対し、 Meiser (p. 44) や Baldi (p. 377) は vehere の完了幹でも rēxī などと同じように PIE の s- アオリスト語根の延長階梯が現れるとみなす (v. 1.1. ; i.e. vēx- < *(h1e-)uēgh-s- =(オーグメント)+延長階梯語根+ s-)。 Küner や de Vaan も vēx- としており、ほとんどの文法概説書や辞典類も後者の解釈に拠っていると言っていい。
    2 trahere の完了語根 trāχ- の長母音についても、 s- アオリストにおける "a" の延長階梯であると説明できる。 Jasanoff はおそらくこれも trăx- であると主張するだろうし、 Leumann もやはり vex- と同様 trax- にもマクロンを付していない。しかし、長音であることを示唆する断片も見つかっており (TRÁXI — CIL x. 2311,18)、長音と解する方が優勢である。

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    6.2. x- (*gw 由来の v- 動詞)

    ここでは fīgere の古形 fīvere と cōnīvēre が扱われる。この2動詞のPIE 語根の末尾子音には有声両唇軟口蓋音が確認される (FĪVO *dheigw-, CŌNĪVEO *kneigw- : de Vaan, Rix)。
    b ― d ― g / ǵ / gw
    この音は N-動詞の stinguere や unguere のように, n に後続する場合には GU として現れるが、これら2動詞のように母音に挟まれていたりすると V として現れる。完了幹では後続する s によって X が現れる。
    *gws => ks (X)

     √feiχ- ; fīxī, fīxeram, fīxisse [ppp. fīx-]
    (FĪVO = FĪGO1 ~を打ち込む、固定する ; cf. fībula 釘, Eng. dig, fix)
     √kōneiχ- ; cōnīxī, cōnīxeram, cōnīxisse [ppp. *cōnict-2]
    (CŌNĪVEO まばたきする ; cf. Eng. connive 黙認する)


    1 FĪGO は完了幹 fīx- から逆成された形である。
    2 nictāre, nictus (~ūs, m. まばたき)



    Bibliography

    Baldi, Ph., (2002), The foundations of Latin, Mouton de Gruyter.
    Jasanoff, J. H., (2004), "Plus ça change. . . : Lachmann's Law in Latin" in Indo-European Perspectives: Studies in Honour of Anna Morpurgo Davies, pp. 405-416 [Online PDF], OUP.
    Leumann, M., (1977), "Lateinische Laut- und Formenlehre", Band 1 aus Lateinische Grammatik von Leumann - Hofmann - Szantyr . M¨unchen: Beck.
    Meiser, G., (2010), Historische Laut- und Formenlehre der lateinischen Sprache, 3 Aufl., WBG.
    Meier-Brügger, M., (2003), Indo-European linguistics (de Gruyter textbook), deG.
    Rix, H., (2001), LIV — Lexikon der Indogermanischen Verben, Ludwig Reichert Verlag.
    Stuart-Smith, J., (2004), Phonetics and Philology : sound change in Italic, OUP.
    CIL = Corpus Inscriptionum Latinarum [Homepage]


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    7


    analogical Veral : g


    本来語根に軟口蓋音が無いにもかかわらず、類推によって完了幹に g が現れ x- 幹を形成する3動詞。

    7.1. x- (FLUO, STRUO)

     √floug-1 ; flūxī, flūxeram, flūxisse [ppp. flūct-]
    (FLUO [*bhleuH-] 流れる ; cf. flūmen 川, pluit 雨が降っている ; Eng. flow, fly, fleet)
     √stroug-2 ; strūxī, strūxeram, strūxisse [ppp. strūct-]
    (STRUO [*streu-] ~を積み上げる ; cf. īnstrūmentum 道具 ; Eng. destroy)

    1 fluere の PIE 語根について、 Meiser と Sihler が古ラテン語の名詞 cōnflūgēs (合流点) に依拠して *bhlewgw- を再建するのに対し、 Weiss, Rix, de Vaan は *bhleuH- を想定する。 de Vaan は cōnflūgēs に現れる g 音を contāmen (接触) と contāgēs (接触) の対比に基づく類推によって生じたものであると説明する。前者は PIt. 名詞 *tāmen (-inis, n. 接触) からの派生であり、後者は動詞 tangere (触れる √tag-) と同根である。 *tāmen は exāmen と音が似ていることから exāmen の語構造 *ex-ag-(s)men (< agere) を contāmen に取り入れ、 contāmen は *con-tag-(s)men に由来するものと捉えられた。すると、その偽りの語根 √tag- は tangere の語根 √tag- と同じものとなり、結果的に integer (穢れていない √tag-) の対義語として contāgēs と同根の同義語として使用されるようになった。 de Vaan はこのような対比に基づいて cōnflūgēs と flūxī に現れる g (k) 音が容易に説明できるというが、私にはよく理解できない。というのも、 contāmen の出自詐称は contāgēs と同義的であるということからスタートして exāmen を根拠に持ち出したのであったが、それと同じ道を conflūgēsや flūxī は辿ることができないからである。ただ、 Weiss (p. 139 f) の言うように flūmen (川) をその根拠として引き合いに出すなら別である。とういのも、 *flūg-(s)men という偽りの構成が想定されることによって g が導入される可能性が考えられるからである。この説は strāgēs (殲滅 < sternere √st(e)r-) が compāgēs (結合 < compingere √pag-) や ambāgēs (歩き回ること < ambi-, agere √ag- ) からの類推によって形成されたという事実によって後押しされる (de Vaan, s.v. strāgēs)。
    2 flūxī (FLUO) からの類推と見なされる (v. Rix, de Vaan)


    7.2. x- (VĪVO)

     √vīg-3 ; vīxī, vīxeram, vīxisse [ppp. vīct-]
    (VĪVO [*gwíhɜ-u-] 生きている ; cf. vīctitāre 生活する, vīta 生命, Eng. vivid, bio-, vital)

    3 注 1 で詳しく見たように、現在幹 flu-, stru- は語根末の g が消失したものと見なされたために、完了幹に x- が現れた。 Meiser (p. 208) は、同じく末尾に w 音が現れる vīv- もこの類推に基づいて g が消失したと捉えられたとする。それに対し Leumann (p. 591) は、完了幹 vīx- は fīx- (FĪVO = FĪGO) からの類推であると説明する。つまり、 gw 由来の v- 動詞と見なされたのである。どちらも g が現在幹から抜け落ちたと見る点では等しい。私としては Rix と共に Leumann に賛意を表するので、 fluere と struere とは別に項を立てた。ただ、完了幹からの逆成形である fīgere が本来的な fīvere を次第に駆逐していったのとは異なり、未だかつて *vīg- という形が使用された例はなく、どちらの説にも確かな根拠はない。それゆえ、この区分は単なる私の個人的な趣向の反映と言える。


    Bibliography

    Meiser, G., (2010), v. 6.1.
    Leumann, M., (1977), v. 6.1.
    Rix, H., (2001), LIV — Lexikon der Indogermanischen Verben, Ludwig Reichert Verlag.
    Sihler, A. L., (2008), New comparative grammar of Greek and Latin, OUP.
    Weiss, M., (1994), Life Everlasting: Latin iūgis "everflowing", Greek ὑγιής "healthy", Gothic ajukdūþs "eternity", and Avestan yauuaēǰī- "living forever", [Academia.edu]


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    【2013/10/31 03:51】 『ラテン語動詞の完了幹形成法』 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)




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